ちょっといい話

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  • 『ありがとうございます』

    2009年06月08日 町を歩いていて、また、車に乗っていて、
    前から来る人来る人、ひとりひとりに向かって、
    「ありがとうございます」と、
    相手を想いながら、心の中で唱えてみました。

    「ありがとうございます」と、心から唱えているうちに、
    不思議な事に気づきました。
    昨日までは、不機嫌な顔をしていると感じていた周りの人たちの顔が、

    「今日も一日頑張るぞ」
    というハツラツとした顔だったり、

    「私は、間違った事は嫌いです」
    という正義感に燃えた顔だったり、

    「今日は、どんな楽しい事があるのだろう」
    という希望に充ちた顔だったり、

    「わたしは、この子が、大好きです」
    という愛情あふれる顔だったり

    不機嫌だと思われる顔は、一切無いのです。

    周りの人たちは、昨日までとあまり変わらないはずなのですが。

    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
    ●さらに「ありがとうございます」を続けてみると
    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

    私は、不思議に感じ、
    さらに、「ありがとうございます」を続けてみました。

    「ありがとうございます」を続けているうちに、
    「ありがとうございます」を唱える対象が無くなりました。
    前から、人が来ないのです。

    車に乗っていました。
    前方には、対向車も、歩行者も見えません。

    街路樹が続いています。

    その時です。

    街路樹の存在そのものに感謝する気持があふれました。
    「いつも、素晴らしい景色を、ありがとうございます」
    「樹木のおかげで、空気がきれいになっている。
     ありがとうございます」

    次に、昨日の雨の名残で、水たまりが、目に飛び込んできました。
    「水のおかげで、自分は生きることが出来る。
     ありがとうございます」

    クリーニング屋さんの看板が目に入りました。
    我が家で利用させていただいているお店ではありません。
    それでも、
    「クリーニング屋さんのおかげで、
     心地よい、ワイシャツを着ることが出来る。
     ありがとうございます」

    交番、医院、郵便局、銀行、ガソリンスタンド・・・・

    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
    ●生かされていることに感謝
    ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

    目に写るものすべてに、
    というのは、正確な表現ではないですね。
    私が、対象物として、見るものに対して、
    感謝するだけの理由が浮かんできました。

    目に写るものすべてではなく、
    私が、対象として見るものだけであるところが、
    まだまだ、「我」が、残っていますね。

    「様々な人、いろいろなもののおかげで、
     私は生かされているのだな」
    ということを、改めて、考えさせられました。

    ほんとうに、ありがたいことだと感じました。
    素晴らしいことだと感じました。

    ただ、実感したのではなく、「私」が、考えたのです。
    この、「私が」という感覚が、
    ほんとうに無くなったところ、

    「いのちはひとつ」
    盛永宗興老師が、提唱された世界が、
    看えるのかもしれませんネ。

  • 「99頭の牛」から思うこと

    2009年03月15日 はじめに

    前回、インドの昔話を、ご紹介いたしました。
    勧善懲悪になれている私たち日本人にとって、
    何とも落ち着かない結末でした。

    私たち日本人の感覚では、次のようになります。

    町の男は、村の男から、
    最後の一頭の牛をだまし取り、
    「やっと、百頭になった」と、
    ほくそ笑みながら、家路を急ぎました。
    ところが、その帰り道、崖から大きな岩が落ちてきて、
    町の男は、その下敷きとなり、
    あっけなく死んでしまいました。
    村の男は、優しい奥さんと、かわいい子供たちに囲まれて、
    いつまでも幸せに暮らしました。

    本当のプラス思考

    町の男は、
    「なんとか100頭の牛を得たい」と思い、
    一生懸命努力をしました。
    手段はともかくとしても、
    彼はとうとう目標を達成したのです。

    皆さんは、彼の思考を、プラス思考だと考えられますか?

    このお話は、ひろさちやさんも紹介しておられます。

    ひろさちやさんは、次のようにおっしゃいます。

    町の男は、100頭の牛を手に入れて、
    大いに喜んだことでしょう。
    でも、彼は間違いなく、次は120頭ほしいと感じることでしょう。
    そうすると、町の男は、
    「20頭足りない・・・19頭足りない・・・」と、
    毎日、足りない足りないと感じて、
    これから何年も暮らしていくのでしょう。
    これは、プラス思考ではなく、マイナス思考だと。

    プラス思考とマイナス思考、
    逆・の発想をすると、なるほどとお感じになりませんか。

    お話の続きを考えてみました

    インドの昔話に続きがあるとすると、
    多分次のようになるように感じます。

     ………  ………  ………  ………  ………  

    町の男は、念願の目標を達成して、幸せの絶頂でした。
    自分のこれまでの努力が報われたと、
    努力をするものには必ず見返りがあると、
    自分の人生にも満足していました。

    100頭の目標を達成した彼には、
    「次は120頭にしよう。」
    という新しい目標が、自然に生まれてきたのです。
    彼は、それを自分の生きがいだと感じていました。
    自分の人生を賭ける新たな目標ができて幸せでさえありました。

    そして、また10年間、わき目も振らずにがんばって、
    やっとの思いで120頭を達成することができたのです。

    「やった!120頭だ。」と大きな幸せに浸りました。

    でも、またすぐに、「次は150頭」と思いました。
    「30頭足らん・・・・29頭足らん・・・」

    そしてまた10年。150頭をもつ身分になりました。
    「やった150頭。」と喜びました。

    当然「次は200頭」と思いました。
    「50頭足らん・・・49頭足らん・・・」と10年。

    彼は確かに、200頭の牛を得ることができました。
    彼は今、300頭の牛を得ようと考えています。
    「100頭足らん・・・99頭足らん・・・98頭足らん・・・」と
    毎日を過ごしています。

     ………  ………  ………  ………  ………   

    彼は、周りの人達から、
    一代で財を築いた英雄と言われています。

    でも、その代償として、
    何か大切なものを失ってしまったのではないでしょうか。


    最後に

    私が尊敬している、禅宗の和尚様は、
    この話を取り上げて、次のように教えてくださいました。

    10年不足を感じ続けて、目標達成したら1週間喜ぶ。
    また10年不足を感じて、1週間喜ぶ。

    「このサイクルを何回繰り返すと、おまえの人生が終わるのか」

    人生は1回しかないのです。
    たった1回しかない人生のほとんどの期間を、
    不足ばかり感じて生きる。
    皆さんは、「もったいない」と思われませんか。

    本当の幸せとは何なのか。
    今一度じっくり考えてみたいと思います。

  • 99頭の牛

    2009年03月13日 インドの昔話です。

    ある貧しい村に2人の男が住んでいました。
    二人は共に幼いときから身寄りがなく、
    力を合わせて生きてきました。

    ある時、1人は
    「こんな貧しい村にいつまでいてもだめだ。
     自分は町に出て大金持になる。
     いっしょに町に出よう」

    もう1人は答えました。
    「僕はこの村が大好きだからここで頑張ってみるよ。
     君が町へ出て成功することを僕は心から祈っているよ」

    こうして2人は、それぞれの人生を歩み始めました。
    町へ出た男は、
    100頭の牛を得るという目標を立て必死で頑張りました。
    しかし、100頭の牛を得るのはなかなか大変なことでした。
    思うようにならないことばかりです。
    それでも彼は歯を食いしばって頑張り、
    やっと99頭の牛を持つ身分になりました。
    ただどうしても最後の1頭を増やすことができませんでした。
    牛を得るためにあくどいこともし尽くしましたから、
    もう彼に騙される人もいなくなってしまったのです。

    そんな時、彼はふと同郷の友人を思いだしました。
    「そういえばヤツは、
     やせこけてはいるが牛を1頭持っていたはずだ」と。
    彼は何とかして友人から、
    最後の1頭を騙し取ろうと考えました。
    そこでいろいろ策を巡らした挙げ句、
    事業に失敗したように芝居をしようと考えました。

    彼は町へ出てから初めて自分の生まれ故郷に戻りました。
    ボロボロの身なりになって親友を訪ねたのです。

    村の男はびっくりして彼を迎えました。
    「町で頑張っているといううわさを聞いて
     僕は君のことを誇りに思っていたのに、
     どうしたんだい」
    「確かにいいときもあったんだ。
     でも、悪いやつに騙されて、
     とうとうこんな格好になってしまった。
     そしたら急に村が、そして君のことが恋しくなって、
     いてもたてもおられず君に会いに来たんだよ」

    村の男は、彼を迎え入れ二人はつもる話を夜更けまでしました。
    次の朝、村の男は尋ねました。
    「君、これからどうするんだい」
    町の男は答えました。
    「いまはなにも考えられないんだ」
    村の男はさらに尋ねました。
    「見ての通り僕は妻子もいて昔と変わらず貧乏だけれど、
     君のために何かしてあげたいんだ。
     何か僕にしてあげられることはないかい」
    「滅相もない。
     僕は君に頼ろうと思って戻ってきたのではないんだ。
     ただ君に会いたくて
     ・・・ただ・・・
     今牛が1頭あればなんとか急場を凌げるのだけど・・」

    村の男は困りました。
    ただ1頭のやせこけた牛は、
    自分の妻とたくさんの子供たちを養うために
    欠かせないものだったからです。

    この会話を耳にしていた、
    村の男の奥さんが自分の夫を呼びました。
    「あなた、何を迷っているのですか。
     あなたの大切なお友達が困っておられるのですよ。
     牛なんかいなくたって、
     私たちみんなで牛の分まで働けば何とかなりますよ。
     あなたのお友達はすべてを失ってしまわれたのですよ。
     私たちには牛がいなくても、
     広くはないけれど耕す土地もあるし、
     そして何よりかわいい子供たちがいるではないですか」と。

    村の男は、奥さんの言葉を聞いて
    自分のことしか考えていなかったことを
    恥ずかしく思いました。
    そして村の男は町の男のもとに戻り
    「是非この牛を役に立てて欲しい」
    といいました。
    町の男は、村の男の足元にひざまずき
    「ありがとう。ありがとう。
     これで何とかなるよ」
    と礼を言って、牛を引いて帰っていきました。

    この先どうなるのか、
    このお話はここで終わるのだそうです。
    そして話し手は、聞き手に対して問うのだそうです。
    「村の男と、町の男、どっちが幸せだと思う」と。

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